230806 幸(ゆき)のこと 5/6 [保護犬ゆき]
230806 幸(ゆき)のこと 5/6
保護犬が発生するのも、人間がいい加減な気持ちで
犬を飼い始めるからだと思う。
当初、いい加減な奴らの尻拭いをするようで、
そういった保護犬を飼う事に、少なからず
面倒な気がしたのは、否めない。
その視線はどこにあるのかな。
お互いに慣れるまで大変だったし、病院通いが欠かせなくて
費用だってそれなりにかかる。
夏の暑さだって犬にとっては大変なストレスになるので
家の環境は、幸ファーストだったと思う。
女の子なのに。「おい、オレ」と呼びかけられる幸。
「これは、食べ無い~ っ」と顔をそむける幸。
「こっちはいかな~い」と踏ん張る幸
手術の為、病院にお預けしたが、迎えに行くと
「何で置いていったんだよ」とあたかもしゃべっているように訴えかける幸。
最後を自分なりに悟っていたんだろう。
亡くなる10日ほど前から、
あれだけ、食べる事に執着した幸が、水しか口にしなくなった。
皆がいるかどうかを確かめてから、
人間の都合で大変な半生だったけど
残りの半生は少しはましだったと思ってもらえれば
ご主人様としては、とてもうれしいぞ。
保護されてきてからの生活は、大変だったけど、大変だったからこそ
本当にいろいろな思い出を創ってもらえたとも思う。
なんだか、いなくなって、いろいろな事を思い出すと・・・
だめだ、涙が止まらない。
この保護犬幸のブログも、残すところ、あと1回とします。
正直、まだ亡く成るまでの記憶が生々しいので、書くのも辛い。
だけど、不幸な保護犬を増やさないためにも、何か、記録に残しておきたい。
230802 幸(ゆき)のこと 1/6 [保護犬ゆき]
2016年2月に幸が家にやってきた。
リードの引きがとても強く、先代のコッチ(シーズ)とは
比べものにならないほど、荒々しかった。
この当時の動画がこれだ。
再生できない場合、ダウンロードは🎥こちら
本当の年齢は、良くわからないが、保護された時に保健所から
告げられたのは、7歳というものだった。
動物病院の先生は、4歳位だろうと、見解が分かれたが
幸の最後を考えると、引き取られた時、7歳というのは
妥当だったと思う。
家に引き取られた当初、黒い服を着た人や、自転車、バイクに対して
飛びかかって行く事が良くあった。
また散歩中に、自分の口より大きなフライドチキンの骨を
丸呑みしようとして大変だった。
取ろうとすると、「ガッと」口が出てくるし、
急いで、コンビニでソーセージを買ってきて、
それと交換するように見せたら、ようやく骨を離したので、事なきを得ました。
拾い食いというか、今、底に食べ物があれば、今、食べておこうという
それまでのひもじい状況が垣間見れる現象だった。
7歳で保護されるまで、どんな環境で過ごしてきたのか。
野良犬のシーズなんて、聞いた事がないが、
ひもじい思いや、心ない人間からいじめを受けたのかも知れない。
家に来てくれてから7年。
それまで、劣悪な環境だったのだろうね。
本当にすまなかったね。
ゆき 虹になって旅立つ [保護犬ゆき]
230731 ゆき 虹になって旅立つ
本日7/31、15時15分、ゆきが旅だってしまいました。
明け方から、フラフラしながらも、散歩に行きたいのだろう、そわそわしている。
支えてあげないと危ないし、朝5時とは言え東京は、猛暑だ。
5分~10分だが、外の空気や公園の草の匂いを嗅いで帰宅した。
朝8時頃、両足を突っ張って一声鳴いた。(今思うと最初の発作だ)
さすってあげると、落ち着いた様子を見せたが、息が荒い。
お昼過ぎまで、少し寝た様子だったが、15時ころから
1分おき位に軽く頭を持ち上げる動作を始めた。
皆を探している様子に思え、すぐそばにいて、さすってあげた。
自分には、さすってあげる事くらいしか出来ないのがもどかしい。
15時15分、全身の力を振り絞るように、首をもたげ、目を見開き
大きな伸びをしたかと思ったら、こと切れていた。
あっというまであった。
幸(ゆき)と言う名は、保護団体のあずかり親さんがつけた名だ。
最初に発見され、保護された時、ひどい状態で、殺処分寸前だったそうだ。
そんな事情もあり、幸せになってほしいという事で名付けた名前だ。
「名前は、変えても良いですよ」と言われたが、我々はそのままの名前で
一緒に暮らす事にした。
人間の自分勝手な行為で、苦しい思いをさせてしまった
最初の7年間に比べたら、少しは幸せに感じでもらえていれば、うれしい。
しばらくは、喪失感、寂寥感が拭い去れないだろう。
いや、しばらくでは無いな。
いろいろな出会いがあって、でも別れもある。
でもコロナ渦以降、別れが多すぎる、やるせない気持ちをどうしたものか。
途方にくれるばかりだ。
少しでもこの気持ちを落ち着かせるため、幸が家に来てからの軌跡をまとめたい。
ゆき 命をつなぐ水 [保護犬ゆき]
230730 ゆき 命をつなぐ水
ユキが食べ物を口にしなくなって10日が経つ。
1日に数回、少しの水を口にするだけだ。
肝臓や、胃、膵臓などに転移した癌が、この2週間で大分大きき成ってしまった。
今まで、食欲が無かった時にも食べていた、チュールも、もう受け付けない。
「水」はまさに命をつないでいる。
この水が、きれいで、安全な状態で取る事が出来る事が当たり前になってはいけない。
土があり、木々が生い茂り、雨水を浄化してくれる。
梅雨明けととともに、東京は猛暑に見舞われている。
特に、関東内陸部の気温は異常値だ。
一説によると、東京湾からの海風が高層ビルに遮られて入ってこなくなったのも、異常気温の一因だという。
アスファルトは、真昼の熱射をため込んで夜通し放射し続ける。
周辺に木々があり、土がもっとあれば、この放射はもっと優しい物になるはずだ。
住みやすくするために開発をしたはずなのに、生きていくための脅威になってしまった。
開発は、経済発展だけではなく、今後100年、1000年先を見据えた住環境の維持を
視野に入れて進めてほしい。
切に願う。
2023年7月30日
ゆき 急に食べなくなる [保護犬ゆき]
退院後、好き嫌いは相変わらずだけど、気に入ったものは口にする様になり
体重も5.6Kまで戻ってきた。
これから東京の暑い夏を迎えると思うと憂鬱だが、仕方が無い。
7月に入り、暑さが増してきたので、散歩も朝方は5~6時には
行くようにしたが、帰宅するとぐったりして、ご飯も食べずに寝込んでしまう事が続いた。
また、散歩をしていても、自分がいるところがわからなく成るらしく、行ったり来たりを
繰り返す事が多くなってしまった。
認知障害もでている様子である。
1ヶ月程前に術後初めてのエコーをとったら、どうも、肝臓のあたりに
3cm位の何かがあるとの事だった。
おそらく癌が再発したのかと思うが、それを調べても体への負担が増すだけである。
腸の手術の時に抗癌治療は体への負担もあるので、やらない事にしたので、仕方が無い事ではある。
四つ角で、方向がわからなく成ったり、震えが来たりといろいろな症状がみてとれるが
水はまだ飲みに行ける。
2016年2月に家に来る前、
前橋市の路上で保護され、すぐかみつくので、殺処分寸前だったユキ。
最後まで看取ってやるぞ。
ゆき手術をする [保護犬ゆき]
2022年夏には、体重が7Kg近くになり、太りすぎを心配していたが
秋口から年明けにかけて、急激に痩せ、5Kgをきってしまった。
心配になり、夏に目の傷を負った時にかかった病院で、エコー検査をしたら
どうも、何かが腸にあるらしい、画像ではそのように写っているとなった。
急遽、穿刺(針をさして、組織をとり、検査する)する事になった。
その結果では、悪い物では無いという事だったのだが・・・
いずれにしても、画像に写る部分は切除が必要という事になり
早いほうが良いだろうと、2月15日に入院し、16日に手術となった。
肉芽腫というらしい、これを組織培養し、検査に出してもらう。
腸は、腫瘍の周辺含めて、8cm位は切り取っているが、
切除した腸の部位からは、がん細胞が発見されてしまった。
両端では発見されていないとの事であるが、転移の確率は高いだろう。
また、
獣医がいうには、膵臓(すいぞう)の近くが
癒着していて、膵臓もいじったので、炎症があるという事だった。
これが、思いのほか長引いてしまい、一時は、このまま死んでしまうかも
という状況にも思えた。
幸い、お医者さんの処置とユキ自身の運により、徐々に回復し
2月22日にようやく退院できた。
しかし、まだ、炎症はあるが、病院では何も食べないので衰弱してしまっても
困るので、自宅に帰ってきたという所だ。
がんばれ、ゆき。